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2012年3月31日 (土)

岩泉線から見るローカル線の今後

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▲ 岩泉駅。上り列車が出発を待つ。キハ52形は長閑な風景と実によく合っていた。
ホームは将来の小本方面への延伸を見据え、1面2線に増設可能な構成。

2009年7月の土砂崩れによる脱線事故から運休が続いている岩泉線ですが、3月30日付のプレスリリースで運行再開を断念する旨、発表がありました。

あくまで、JRが復旧断念の方針を発表したというだけで、実際に廃止が決定されたわけではありません。この発表を受け、自治体から何らかの支援策が提示され、存続への道筋がつく可能性もあるでしょう。最近では名松線が自治体の支援により廃線を免れたという事例もあります。

最終的な存廃は、地元の意思と自治体の判断にかかっています。しかしながら、区間列車を含めても1日4往復の超閑散路線に、少なくとも130億円といわれる復旧費用はあまりに巨額です。

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▲ 岩泉駅の時刻表。1日3往復といっても等間隔ではなく、朝夕運転と言うほうが正しい。
始発列車の宮古到着は9時14分なので、通勤通学は現実的でない。想定していないと言うべきか。

岩泉線のように、土砂災害で路線そのものが廃線に至りかねない、という現状を見るにつけ、ローカル線のおかれた現状の厳しさを感じずにはいられません。直接の原因として「表層付近の岩盤の緩みや風化」とありますが、何もこれは岩泉線に限ったことではなく、ごく普遍的にどこでも起きるといってよいでしょう。

ここから見えるのは、国鉄から継承したインフラに大きく手を加えることなく、だましだまし使ってきたというローカル線の実態です。ローカル線の多くは概ね昭和初期から中期にかけて建設されました。開通から数10年が経過し、設備や土木構造物の劣化が極まりつつある、と言えます(*1)

もちろん、安全な運行のために必要な保守整備はしているはずです。とはいうものの、斜面補強のような大規模な工事は投資も莫大で、不採算のローカル線ではどうしても消極的になりがちです。中には、土砂災害の危険のある区間は時速25km(雨天時は時速15km)まで徐行、という事業者すら現れています。言い換えると「がけ崩れがないか、目視で確認しながら恐る恐る通過する」ということに他ならず、もはや極限的な状況です。

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▲ この日、岩泉駅で帰りのきっぷを買った。簡易委託駅で、同駅発の常備券を手売りしていた。
岩泉線の年間運賃収入は800万円(2009年度)。ひとり分の人件費すら賄えるか疑問である。

一方で、鉄道会社全体としての経営は比較的安定しているがゆえに、個々の路線の実態が見えにくく、沿線と危機感を共有できないという課題も感じます。沿線の認識も「大企業が運営しているし、たぶんこの先も安泰だろう・・・・」という、半ば人任せな意識だったりします。ひどい場合は存在感すら失われているかもしれません。

そんな状況で、災害や経年劣化でインフラが崩壊し、費用対効果を理由に鉄路を放棄する判断が下されたとします。沿線にしてみれば、莫大な利益を出している会社なのに自分たちは切り捨てられたと、ひどく唐突で冷酷な判断に見えるかもしれません。これではお互いに不幸です。

本当に路線を残したいのなら、決定的な事態を迎える前に、地元自治体も含め継続的に支援する枠組みを考え、貴重なインフラの維持に繋げないと、と思うのです。

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▲ 岩泉駅の待合室は広い。同駅の開業は1972年2月6日と、比較的歴史は浅い。
開業40周年を迎えたものの、この駅に再び列車は来るのだろうか。

2003年11月15日 岩泉線 岩泉駅

(*1) 『線路工手の唄が聞えた』(橋本克彦)によると、戦前は政府の財政状況の悪さと建設業界の下請構造によりギリギリの予算で建設せざるを得ず、敷設された線路は極めて脆弱なものであったと指摘している。このことから、土木構造物も同様に、あるいは斜面崩壊のリスクに十分な対策のないまま竣工に至った可能性も否定できないと思う。

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