日記・コラム・つぶやき

2012年3月11日 (日)

あの日から1年

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きのうの夜「3月11日のマーラー」という番組を見ました。
震災の日の夜、105人の観客を前に演奏会が決行された、というお話です。
あらましはこちらに譲りますが、スタッフも観客も、あの日決行して良かったのか、
コンサートに出掛けてよかったのかと、その後も悩んだそうです。

趣味とは、自分自身と世の中が平穏無事な状態でようやく成り立つものです。
今日この日も、続けられていることの有り難さを思わずにはいられません。

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2012年2月19日 (日)

「あさぎり号の写真展」に行ってきました。

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この週末は「あさぎり号の写真展」を見に、御殿場線の山北へ。
会場いっぱいに展示された写真は見応えがあり、とても刺激を受けました。
しかも主催された皆さんと夕食を共にするという予想外のできごともあり、実に楽しいひとときを過ごすことができました。いやほんと、楽しかったです。

写真は371系のあさぎり号退役の報せに煽られ f^_^;) 2ヶ月ほど前に定番のパレット横で撮ったものです。この日もかなりの人出で、撮影の帰り道、御殿場駅までの道中で地元の方に話し掛けられ「最近何かあるの?」と訝しんでおられてたことを覚えています。

私と371系あさぎり号はどうやらこの1枚で終わりそうですが、四季あざやかな御殿場線の写真を見るうちに、あー、もう少し撮っておけばよかったかなぁ〜などと、何やら名残惜しい気持ちまで湧いてくるのでした。

2011年12月10日 御殿場線 2M

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2012年2月 5日 (日)

『北の無人駅から』(渡辺一史)

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この本は、北海道の6つの無人駅から始まるノンフィクションである。
駅周辺の歴史を紐解き、その地に関わりのある人々へのインタビューを重ねる。
全体を通じて見えてくるものは、開拓の過酷さと、それを生き抜いた人々の強さ。
観光客の視点では決して得られない「真の北海道」を垣間みるようで、一気に読み終えた。

全7章のなかでも、奥白滝駅の章が特にすばらしい。
現在は定住者もなく、自然に還りつつある奥白滝駅だが、かつては活況を極めたという。
白滝村住民のインタビューを重ねつつ、その歴史を丹念に振り返る。
しかし場面は一変し、白滝村が町村合併で消滅した日に移る。
ここからの展開が凄まじい。
人口1,200人足らずの村を揺るがした合併の経緯を追うことで、地方自治とは何かを問う。
住民へのインタビューを通じて見える意見の対立。時間もさほど経っていないゆえか記憶も鮮明で実に生々しい。単純な二元論では割り切れない矛盾を丁寧にあぶり出していく展開に、思わず息を呑んだ。

北海道が好きな人はもちろん、誰でも広くお勧めしたい。

ただ一つ残念なのは、この本が鉄道書コーナーに並んでいたこと。
タイトルが原因であろうが、鉄道ファンだけのものにするのはあまりに惜しい。

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2012年1月19日 (木)

[お知らせ]あさぎり号の写真展

ここでひとつ、お知らせです。

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来たる3月のダイヤ改正に合わせ、御殿場線・小田急線の特急あさぎり号で活躍した371系、小田急20000形が引退しますが、これを記念した写真展が来月2月18、19日の両日に開催されます。主催されるniskさんとは沿線で数回お会いして以来のご縁です。こちらのブログで四季折々の情景を掲載しており、いずれも素晴らしい写真ばかりです。ぜひ足を運んでみてはいかがでしょう? ちなみに、今月の小田急ロマンスカーカレンダーの写真はniskさんの作品だそうです。

以上、お知らせでした!

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2012年1月 1日 (日)

こんにちは2012年

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あけましておめでとうございます。
本年も『週末鉄日記』を、よろしくお願い致します。

新春とは言いますが、寒さはこれからが本番。
ああ、春が待ち遠しい…
ということで、春を先取りした画像にしてみました。

2011年04月03日 いすみ鉄道 18D

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2011年12月31日 (土)

さようなら2011年

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この一年、『週末鉄日記』をご覧頂き、ありがとうございます。

いずれにしろ、震災を抜きには語れない1年でした。
ありふれた日常が保たれていることをこれほど有り難く感じた年はありません。

趣味のほうは、鉄道写真を本格的に始めて3年経ち、ただ撮って楽しいという時期を過ぎ、今後の方向性を模索する1年でした。未だその結論は出ていませんが、素直に感動する心を忘れずに取り組んで行きたいと思います。

2011年も残りわずかとなりました。
皆さま、よいお年をお迎えください。

まくらぎ拝

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2011年12月26日 (月)

晩秋の北海道 #9 昼食あれこれ

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旅先での昼食はいつも悩みます。店をあれこれ調べて食べ歩くほどグルメでもなく、かといって美味しくないものはやはり避けたい。となるとここは無難に全国チェーン店とかコンビニ弁当にしようか? でも旅先でその選択は“負け”な気がする…などと堂々巡りするうちに時間が経ち、ついに「食事抜き」という、この上なく消極的な結末となることがままあります。

今回はそういうことを避けるため、昼食にあえてテーマを設けてみました。そのテーマとはズバリ「天ざるを食べる」……何のことはなく単にメニューを絞っただけですが、これが意外に功を奏しました。特に下調べもせず、昼どきに見かけた店にふらりと入っただけですがどの店も驚くほど美味しい! やはり蕎麦の栽培が盛んな地だけはあります。再び北海道に行く機会があればもう一度トライしたいところです。

記録のため、お店の紹介を。

11月2日:吉兆庵(留辺蘂)
11月3日:藤月庵(遠軽)
11月4日:合田そば店(長万部)
11月5日:やぶそば(苫小牧)

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2011年11月18日 (金)

Suica10周年

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10年前の今日、2001年11月18日に、首都圏の448駅にIC乗車券サービスとしてSuicaが導入されました。

当初のSuicaは「イオカード」がICカードに化けたようなもので、目新しい点としてはせいぜいSuica定期券にすると乗り越し精算が自動で済む、といったもの。使ったら券売機でお金をチャージしなければならないし、果たして本当に便利になったのか、何なのか??・・・といった認識でした。あれから10年、よもや街中のコンビニで普通に使えるほどに一般的な決済インフラとして定着するなどとは思ってもいませんでした。

ここまで飛躍したのは「他社との相互利用」と「電子マネーサービス」の開始によるところが大とは思いますが、自分としてはVIEWカードで自動入金する「オートチャージ」の開始が決定的でした。これでSuicaでの決済が定着し、日常生活で小銭を使う頻度が明らかに減っています。

Suicaが導入されたことで、長い目で見ると様々な変化が起こりました。近距離の磁気きっぷを買うことがなくなり、自動券売機が減りました。私鉄との連絡乗車券なども買うことがなくなりました。口座自体がだいぶ廃止になったとも聞きます。磁気きっぷを投入できる自動改札機も減りました。駅の売店で小銭を渡すこともなくなりました。そういえば定期入れも持たなくなって久しいです。仕組みを変えた、生活を変えたという意味で、Suicaは鉄道の歴史に残る偉大なシステムなのかもしれません。

ちなみに写真のデビュー記念カードは電子マネー非対応で、現在はチャージすらできないようです。使い切ったらおしまいですが、記念として取っておこうかと。デポジットが癪ですけどね。

2011年11月18日

 

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2011年11月11日 (金)

「SLがんばろう岩手号」と、M君との思い出

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こちらのニュースによると、来たる11月19日~20日に東北本線(一ノ関駅~北上駅間)にて運転される「SLがんばろう岩手号」の火入れ式がきのう行われたそうだ。

この記事を見て不意に、20年ほど前の「ある出来事」を思い出した。

確か、中学2年の頃だった。

ある日の放課後、友人のM君に「ちょっと付いてきてくれないか」と頼まれた。何事かと問うても、もじもじしていて実に要領を得ない。ずいぶん粘られ、ついに根負けし、彼に付きあうことにした。

学校を出て、30分ほど自転車をひたすら漕いで、彼はピタリと止まった。そこは盛岡駅の裏手だった。今でこそ再開発が進んでいるが、当時は国鉄盛岡工場が廃止になってしばらく経ち、使い道を失った広大な跡地に錆びたレールが並ぶ、やけに寒々しいところだったように思う。

彼はついに口を開いた。

「ここに、SLがいるんだ。」

数日後に東北本線にSLが走ること、SLは既に盛岡駅に着いていて、どうしても見たくてここまで来たこと、SLはおそらく手前に見える大きな機関庫の中にいるはず・・・・などなど、一気にまくし立てた。そういえば彼は「鉄」だった。(当時、自分はさほど鉄ではなかった。)

残念なことに、公道からSLは見えない。どうしよう・・・・

とその時、手前の建屋から作業服姿の職員が現れた。「声をかけてくれ!」と彼。えぇ~!
・・・・などと押し問答しているうちに、彼は覚悟を決めたのか、意を決して声をかけた。

初老の男性は快く応じてくれ、機関区の中に招き入れてくれた。しかも彼と私のために、機関庫からわざわざSLを引き出し、手前にある転車台に据付け、ぐるりと一周までしてくれた。彼はカメラを持っていないことを真剣に悔しがっていた。

後で調べてみると、このときが、D51498号機の復活後初となる東北本線での運転だったようだ。盛岡の鉄にとって重大なイベントであったことは、いまの自分ならよく理解できる。

ちなみに彼はその後鉄道会社に就職した。いまは某路線で運転士をしているそうだ。
自分はというと、この数年後「鉄」に開眼し、今ではずいぶんこじらせてしまった。

人生とは、分からないものだ。

2009年09月20日 上越線 水上駅

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2011年3月21日 (月)

震災に思う

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誰もが経験したことのない規模の災害が起きてしまいました。
被災された方々には心よりお見舞い申し上げますとともに、一日も早く普段通りの生活に戻れることを願わずにはいられません。

地震から数日は、生まれ故郷であり愛する東北が信じられない状況にあることに平常心を失い、半ば放心状態でネットとテレビを見続けていました。そのうち、自分の身の回りにもいくつかの出来事がありました。このままではどうしようもないので、自分ができることは何か、今後どのような心持ちで過ごしていけばよいかを考えてみました。

出てきた結論は「普段通りの生活に戻る」という、至って単純なものでした。仕事も日常生活も普段通りに行い、お金を回すことが間接的ながらも復興への貢献に繋がるのではないかと思うわけです。あえて言うと、普通に活動できる人は過度な自粛をせず、趣味や娯楽などを含めて、普段通りに日常生活を楽しむ、ということです。被災地の今まさに困っている人に直接的に貢献できることは、自分のリソースでは義援金の他に思い当たらず、ささやかながら協力しました。

ここ関東は春が訪れつつあります。必ず春は来ます。

2011年03月21日 まくらぎ拝

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