国鉄

2011年5月31日 (火)

583系あれこれ #2 「ヨンサントオ」の時刻表と583系

20110523_12

1968年(昭和43年)に東北本線の全線複線電化が完成、同年10月1日のダイヤ改正より、特急「はつかり」「ゆうづる」「はくつる」に583系電車が投入されました。時刻表の表紙もご覧の通り、馬淵川を颯爽と渡る583系をダイナミックに切り取っています。

時刻表のダイヤ改正特集では4ページすべてを東北特急のPRに充てています。
見出しをいくつか拾ってみますと・・・

特急 東北本線 複線・電化完成!!
東北・北海道方面へのご旅行がぐーんと便利になります
~上野・青森間を走る月光型特急
 ~昼はゆったりした座席
 ~夜はゆったりした寝台

特急 上野・青森間8時間30分運転・・・2時間短縮
昼行特急「はつかり」2往復 夜行特急「はくつる」1往復 「ゆうづる」2往復

特急 上野・仙台間3時間53分運転・・・40分短縮
特急「ひばり」5往復 急行「まつしま」5往復

特急 上野・山形間4時間35分運転・・・1時間短縮
特急「やまばと」2往復 「ざおう」3往復

一気に2時間短縮とは、今で言うところの新幹線開業のようなインパクトがあったことでしょう。熱のこもったPRぶりは、東北本線の輸送改善が本改正の目玉であることを伺えます。

これらを実現した背景には、東北本線の全線複線電化、重軌条化による最高速度120km/hの実現、貨物列車の速度向上などがありますが、座席寝台兼用として運用の効率を極限まで高められる583系の存在が大きな鍵であることは言うまでもないでしょう。この日から583系は東北本線の花形列車として君臨したのです。

しかし、わずか3年後の1971年11月、東北新幹線(東京-盛岡間)が着工します。
当初の計画では、工期は5年。1976年の開業を目指していました。

20110531_01
▲ 盛岡駅の新幹線上りホームには、新幹線の起工を祝うモニュメントがある。取り囲む違菱は盛岡市の市章。

この時、莫大な投資をもって複線電化に整備した東北本線が、完成からわずか8年で並行在来線と化してしまうことが確定しました。紆余曲折はあったものの、東北新幹線は1982年(昭和57年)に開業します。東北本線に画期的なスピードアップをもたらしたヨンサントオから実に14年、583系の栄華は思いの外に短いものでした。

583系の全盛期を振り返ってみて思うのは、我が国の高度経済成長期のインフラ整備に対する投資とスピードの凄まじさです。現代の目でみると驚きを通り越して、何やら鬼気迫るものすら感じてしまいます。いやはや、とんでもない時代です。そんな時代の真っ只中を昼夜を問わず長駆走り通した583系は、まさに象徴のような存在なのかもしれません。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年1月30日 (日)

国鉄アイテム #4

20110130_01

【方面案内板】

このアイテムは比較的残っているように思います。
首都圏の駅でも、ホームの柱の陰にひっそりと貼られていたりします。
現行のサインシステムでは適当な代替がないこともその理由なのかもしれません。

方面案内板の魅力は、その行き先のチョイスにあります。
ここ後閑駅の1番線は「長岡・新潟方面」。
優等列車が華やかに行き交う上越線の全盛期を偲ばせます。
現在、この駅を出発する定期の下り列車はすべて水上止まり。
長岡や新潟に直通する列車はありません。

それと、“潟”の字。
独特な略し方をしています。
新潟県出身の知人も、このように書いていたことを思い出しました。
ご当地では一般的な略字なのかもしれません。

2010年07月03日 上越線 後閑駅

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年8月29日 (日)

国鉄アイテム #3

20100829_01

【列車接近表示器】

その名の通り、列車の接近を知らせてくれる装置です。

最近はすっかりLEDの機種に置き換わってしまいましたが、西国分寺駅にはしぶとく残っています。光源はもちろん電球。“じわっ”と点灯し、ローソクを吹き消すように“ふっ”と消灯します。これがいい!

この装置は自動放送よりも先に点灯するため、意外に実用的です。

2010年08月29日 西国分寺駅 2番線ホーム

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年6月27日 (日)

2003年 湯檜曽駅

ちょうど7年前、上越線の駅を巡りました。

なかでも印象深かったのが、湯檜曽駅。
湯檜曽駅は、在りし日の国鉄の匂いを留めていました。

20100627_02

駅舎はやけに大きく、往年の賑わいが偲ばれます。1日5往復しか停まりませんが、意外なことに有人駅でした。きっぷ売場の右隣にある低い窓は、手小荷物窓口の跡。国鉄の駅ならではの設備です。

20100627_03

国鉄の観光キャンペーン『ディスカバー・ジャパン』のスタンプ台。これは各地の駅に残っており、今でもたまに見かけます。

20100627_01

ちょっと分かりづらいですが、窓ガラスのステッカーにご注目。『国鉄の 週末エック』 とあります。エックとは、国鉄が提供していた旅行クーポンのようです。右下の国鉄マークが泣かせます。

20100627_09

改札を抜け、振り返ると温泉旅館の案内看板が並んでいました。かつてはたくさんの観光客がこの改札を往き来したことでしょう。

20100627_07

上りホームからは、ループ線を下る列車が見えます。 およそ3分後、この列車がホームに滑り込みます。

----------

湯檜曽駅の駅舎は1967年に竣工しました。その後、上越新幹線が開業する1982年までがこの駅の全盛期と言えましょう。1970年代で時を止めてしまったように見えるのも、何となく理解できます。

帰り道。上越線に乗り、沼田を過ぎて車窓から国道17号を眺めると、沿線にはドライブインの廃墟や観光客目当ての古めかしい看板が見え隠れします。その雰囲気が湯檜曽駅と妙にオーバーラップするのでした。

2003年06月29日 上越線 湯檜曽駅 (群馬県利根郡水上町)

※ 湯檜曽駅はその後間もなく無人駅となり、駅舎も解体されてしまいました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年12月26日 (土)

国鉄アイテム #2

これまでに撮った国鉄アイテムを、片っ端からブログに展示する企画。

2005年01月09日 中野駅 駅名標
20091226_05

昔なつかしい、国鉄フォントの駅名標です。
中野駅の4番線ホームの高尾方の端にひっそりとありました。
4番線は地下鉄東西線の専用ホームで、縁が灰色なのもこのためです。

駅名を知らしめる、という目的に極めて忠実なデザインです。
いまでも残っているとよいですが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

国鉄アイテム #1

公共企業体 日本国有鉄道が民営化され、四半世紀が経とうとしている。

駅やその周辺の風景から国鉄の文字は抹消され、いまやその影もない。
しかし丹念に観察すると、国鉄を感じるアイテムが意外と残っていたりする。

そんな国鉄アイテムを集め、片っ端からブログに展示しよう、という企画。

2009年12月12日 熱海駅 のりば案内板(行灯式)
20091225_01

丸みを帯びた手書き風の国鉄フォントは、独特の味があります。
黒地はとても見やすく、機能的にも優れています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)